大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)13号 判決
原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和二四年四月三〇日より右支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
この判決は控訴人が金三万円の担保を供するときは控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和二四年四月三〇日より右支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴は棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人が「控訴人か被控訴人から代金三五万円で被控訴人所有の工場とともに買い受けたのはその敷地の所有権ではなく、敷地について被控訴人の有する借地権である。被控訴人は控訴人が昭和二三年九月末日に支払うべき金一〇万円の支払を遅滞したから特約に基いて同日の経過により本件売買契約は当然解除になつたと主張するか、右金員の支払期限である昭和二三年九月末日以前に控訴人は本件建物の一部か大阪市の計画道路敷地として取られることになつている由を聞知し、この事実を被控訴人に通知したところ、被控訴人は大いに驚いてその疑点を相共に調査することになり、控訴人に対してかような事実のないことが判明するまで右金員の支払を猶予した。仮に右支払猶予の事実が認められないとしても、本件契約における被控訴人主張の当然解除の特約は控訴人主張のようなかくれた瑕疵のあることが判つた以上適用さるべき筋合いはない。なお被控訴人はその後本件建物を現在の居住者に道路敷地として大阪市に取られることのある事実を告げて代金二〇万円で売却しその取引を完結している。」と述べ。被控訴人か「被控訴人が本件建物とともに売却したのはその敷地の借地権であること、控訴人主張のように被控訴人が現居住者に本件建物を売却処分したことはいずれも争わないが控訴人主張の再抗弁事実は否認する。」と述べた外、原判決摘示のとおりである。
<立証省略>
三、理 由
昭和二三年九月一六日売主被控訴人買主控訴人間に被控訴人所有の大阪市大淀区中津南通二丁目六八番地上木造スレート葺平家建工場建坪三〇坪及びその敷地一四五坪について被控訴人の有する借地権を代金三五万円で売買する契約が成立し、即日控訴人が被控訴人に対し手附金一〇万円を交付したこと並びに控訴人が昭和二四年三月一八日到達の書留内容証明郵便でもつて、右売買契約解除の意思を表示したことは当事者間に争いがない。
およそ売買の目的建物の敷地の全部又は一部が特別都市計画事業として施行する土地区劃整理の道路敷地に該当し、早晩その実施により建物の全部又は一部を撤去しなければならない事情にあり右事情が一般に表見せず、所轄公署について調査しなければ判明しない事柄である場合において、買主がこれを知らなかつたときは民法第五七〇条にいわゆる売買の目的物にかくれた瑕疵のあつたときに該当するものと解するのが相当である。従つてこれがため契約をした目的を達することができない場合にはその買主は民法第五六六条により契約の解除をなすことができるものといわなければならない。そこで本件について判断すると、成立に争いのない甲第一号証、第三号証の一乃至四原審証人佐藤こと島津正継(第一、二回)の証言当審証人島津正継の証言、原審並びに当審での控訴本人の各供述、原審並びに当審証人玉井栄太郎の各証言の一部原審並びに当審での被控訴本人の各供述の一部、当審での検証の結果を総合すれば、控訴人は物品販売業を営んでいたが、本件建物を工場として石鹸製造業を営む目的でこれを買い受けたこと、右建物の敷地の一部は大阪市が特別都市計画事業として施行する土地区劃整理の道路敷地に該当し、早晩これが実施されれば、右建物の北側約三分の一か二分の一の部分を東西に亘つて撤去しなければならない関係にあり、只建物の南側に約五〇坪の空地があるので、そのときは右建物を南側に移動して引き込めることは必ずしも不可能ではないが、現状のまゝでも石鹸工場としては手狭であり、右空地がそのまゝ使えることを予想してのことであつたから、そうなれば控訴人は到底本件売買契約をした目的を達することができない関係にあつたこと、控訴人は本件土地の一部が右のような道路敷地に該当していることは、もちろんこれを知らずに契約したのであるが、その後約一週間を経た頃これを聞知し、直ちに仲介人である訴外玉井栄太郎を通じてその旨を被控訴人に通知し、被控訴人もその真偽を知らなかつたところから、昭和二三年一〇月初頃控訴人の支配人訴外島津正継右玉井及び被控訴人の三名は事実調査のため大阪市役所都市計画課に赴いた結果、前記のように本件土地の一部が前道記路敷地に該当していることや区劃整理の実施により本件建物の一部は撤去しなければならないこと等が判明したこと、それ以来控訴人は被控訴人に対しこれを理由に契約の合意解除と交付した手附金一〇万円の返還を申し入れて来たが、被控訴人が言を左右にしてこれに応じなかつたので、前記内容証明郵便を出し、ついで本訴を提起するに至つたことを認めることができる。以上の認定に反する証拠は信用しない。そうだとすれば控訴人は民法第五七〇条第五六六条により本件売買契約の解除権を有するものというべきである。
ところで被控訴人は、本件契約は控訴人の解除権行使以前に特約に基き昭和二三年一〇月一日限り当然解除になつたと主張するので考えてみる。控訴人が被控訴人に対し本件売買代金の内金一〇万円を約定期限である昭和二三年九月末日までに支払わなかつたこと、及び控訴人が約に反してその債務を履行しなかつたときは本件売買契約は催告その他何等の意思表示を要せず当然解除となる旨の特約の存することは控訴人の認めて争わないところである。控訴人は右金一〇万円の支払については被控訴人から期限の猶予を得たと抗争するがこれを認めるに足る証拠はない。しかしながら前に認定したように、本件契約の目的建物には控訴人が契約を締結した目的を達せられないようなかくれた瑕疵が存する疑いがあり、それを調査するまでの間に代金の内金一〇万円の支払期限が到来し、その後調査の結果、右疑いが事実であることが判明し契約の合意解除と手附金の返還方を控訴人は申し入れ、これに対する被控訴人の確答を求めつゝあつたのである。従つてその間控訴人が前記内金の支払をしなかつたのには十分な理由があるものというべく、反対に被控訴人が右内金の支払を求めることは信義に従つたものとはいゝ難い。されば控訴人のこの不払の故に、当然解除の特約条項を発動させる原因となる違約の責が控訴人に存するということはできない。被控訴人の前記主張は失当である。
そうすると、控訴人のした本件売買契約についての解除権の行使は適法有効であり、右解除に基いて被控訴人は控訴人に対し原状回復として、受け取つた手附金一〇万円とこれに対する受領の時すなわち昭和二三年九月一六日以後の法定利息の支払義務があるものといわなければならない。そして本件売買契約は、前に認定したとおり物品販売業を営む控訴人が石鹸の製造販売工場開設のためにしたものであるから、商行為というべく、商行為の解除に因り生じた右返還債務も亦商事債務としてその利率は年六分とすべきである。控訴人は、被控訴人は控訴人に完全故障のない権利を移転する義務があるところ、被控訴人が本件売買契約に違反したときは手附金倍額返還の特約があるとし、これを理由に被控訴人の返還すべき手附金の額は金二〇万円であると主張し、右金員を請求する。しかしながら本件建物の敷地は本件売買が成立した当時既に土地区劃整理の道路敷地に該当していたのであるから、それは原始的不能であり、後発的不能ではなく、被控訴人がかような瑕疵のない物を控訴人に引き渡すことのできないことを目して、売主としての被控訴人に債務の不履行の責があるとなすことを得ないことは明らかであるし、又被控訴人が右瑕疵の存することを知つて告げなかつたものと認むべき証拠はないのである。従つて控訴人は被控訴人に対し前記認定の手附金の外に更にこれと同額の金員の支払を求めることはできないものといわなければならない。
されば控訴人の本訴請求中金一〇万円及びこれに対する昭和二四年四月三〇日より右支払済まで年六分の割合による金員の支払を求める部分は正当として認容すべくその余は失当として棄却すべくこれと異なる原判決は変更の要がある。よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中正雄 平峯隆 藤井政治)